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大阪高等裁判所 昭和59年(ラ)246号 決定 1984年9月05日

抗告人 尾形道治

相手方 尾形ハルエ 外三名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告の趣旨と理由

別紙記載のとおり。

二  当裁判所の判断

1  当裁判所も、本件保全処分の申立ては原審判主文の限度で認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは原審判理由説示のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原審判二枚目表五行目の「6名」を「5名」と、同六行目の「12分の1」を「10分の1と、同裏末行の「収入が少ない。」を「収入がなく、同尾形秀司も大阪市立小学校教諭であつて地方公務員としての給与所得以外に所得はなく、住宅貸付の毎月の償還金、生命保険料等の毎月の出費を考慮に入れると、生活費の大幅な削減なくして別紙分納税額を遺産分割協議の成立又は遺産分割審判の確定まで納付し続けることは不可能な現状である。ほかに申立人らが生活に支障なく上記分納税額の支払に当てることのできる資産を有していることを疎明できる資料はない。」と、それぞれ改める。

(二)  同三枚目表四行目の「だけである」の次に「(本件本案事件に先立つて相手方(抗告人)は大阪家庭裁判所に対し遺産分割審判の申立て(同庁昭和五八年(家)第三一九三号)をしたのであるが、申立人らが仮払いを求める審判前の保全処分の申立て(同庁同年(家ロ)保第三三号)をした後右遺産分割審判の申立ては取り下げられ、続いて本件本案事件の申立てがあつて、その後に前記所有権確認訴訟が提起された経緯に徴すると、前示預金が尾形道治名義であるとはいえ(右訴え提起の時点では全部尾形敏宏相続人代表尾形道治名義であつた。)、それがすべて遺産であることを申立人らが主張していることはすでに明らかであつたのであるから、相手方(抗告人)が前示預金の遺産性を争うのなら、その帰属の確認を同時に訴求することに何らの支障もないはずである。)」を加える。

(三)  同三枚目表七行目の「判断し」の次に「、かつ、遺産中の金銭債権は相続開始により相続分に従つて共同相続人に当然分割されるものと解すべきものである(最高裁昭和二九年四月八日第一小法廷判決、民集八巻四号八一九頁参照)こと、相手方(抗告人)が林業の承継を原因としてとりわけ山林・立木の所有を強く主張し、申立人らが現物のほか金銭の取得を希望していることから、遺産分割に当たつては前示預金債権のうち相当額が申立人らの取得となる蓋然性ありとし」を加える。

(四)  同三枚目表一〇行目の「申立人らの収入」の次に「、並びに、相続税徴収の取扱いは相続財産から相続税分をまず支払い残りを共同相続人が分割すべきもの、との見地から行われていること、」を加える。

2  抗告人は、原審判は抗告人に審尋、疎明の機会を与えないまま出された違法な審判である旨主張する。

しかし、審判前の保全処分は、申立人が保全処分を求める事由を疎明しなければならない(家事審判規則一五条の二の二項)のであり、家庭裁判所は、必要があると認めるときに、職権で事実の調査及び証拠調べをすることができる(同三項)にとどまり、しかもその資料は当該保全手続において初めて収集された資料に限らず、別の手続において収集された資料でもよいと解されるところ、原審は、さきに相手方らにおいて本件同様抗告人に対し、抗告人管理中の現金(債券換金分、預貯金払戻分を含む。)を遺産であるとし、その仮払いを求めた審判前の保全処分申立事件(大阪家庭裁判所堺支部昭和五八年(家ロ)保第五号)の記録中の資料をすべて取り調べていることが明らかであつて、その中には二度にわたる抗告人に対する審問の結果を記載した調書があり、本件と同一の争点につき抗告人がすでに陳述していることが認められる。したがつて、保全処分の緊急性、疎明で足りる心証形成手続の要迅速性を考えると、本件が一種の断行の仮処分であるといつても、原審において抗告人の審問が行われなかつたことをもつて違法とはいえないし、前記前件(昭和五八年(家ロ)保第五号)と本件を通じてみれば抗告人に疎明の機会が与えられなかつたということもできない。

更に、当審において抗告人から提出された疎明資料を検討しても、前記判断を左右するに足りない。

3  したがつて、原審判は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 村上明雄 裁判官 堀口武彦 安倍嘉人)

即時抗告の趣旨

原決定を取消す旨の裁判を求める。

抗告の理由

一 本件決定に至る経過

1 本件争いは、抗告人及び相手方秀司らの父親である亡尾形敏宏の死亡後、同人と同居していた抗告人の財産を相手方らが否定し、遺産であるとして、その分割を求めているものである。

2 相手方らは、昭和五八年一月ころ大阪家庭裁判所堺支部に金銭仮払いの仮処分申請をしたが(昭和五八年(家ロ保)第五号)、要件不備が明らかになつたのか同年二月二四日に取下げた。

3 つづいて、相手方らは、昭和五九年三月一九日に大阪地方裁判所堺支部に金銭支払の仮処分を申請したが、同じくこれも要件不備のためか同年四月九日に取下げた(疎乙五号ないし八号)。

4 抗告人は、問題となつている不動産等は、総て抗告人の所有のものであるとして、所有権確認訴訟を大阪地方裁判所堺支部に提起し、現在継続中である(昭和五八年(ワ)第八四〇号)。

但し、原決定が支払を命ずる対象としている預金については、抗告人名義で預金しているので、あえて確認訴訟を提起する必要はないことから、右訴訟からは、はずしている(疎乙一号)。

5 相手方らは、右預金について支払請求訴訟を提起し、現在同じく堺支部に継続中である(昭和五九年(ワ)第二三六号)。

二1 原決定は、抗告人らに審尋、疎明の機会を与えないままに出されており、極めて不当な手続の下に出された、違法な決定である。

抗告人は、右原決定の送達を受けて初めて、右申立を知つた次第で非常に驚いている。

2 原決定によれば、昭和五八年(家ロ保)第五号、昭和五八年(家)第六五四号の記録から事実を認定したとする。

抗告人は、右第五号に際しては、審尋の機会を与えられているが、右事件は相手方らが自ら取下げており、右事件に際しては、抗告人は充分な疎明をする必要すらなかつた。

ところが、今回の決定に際しては、何ら疎明の機会を与えられていず、原決定を読めば、右第五号の際の審尋をもつて十分とするような、極めて不公正な手続のもとに、抗告人に不利な決定をだしている。

一種の断行の仮処分となる本件決定のような場合には、不利益を受ける当事者に反論、疎明の機会を与えるのが通常であり、慣例とされているところ、原決定は、右手続を履践しない違法な決定である。

三 原決定の事実誤認について

1 原決定は、「相手方の贈与の主張もさほどの資料がなく、遺産である蓋然性は極めて高い」と判断しているが、そもそも前述のように、抗告人に疎明の機会を与えていないにもかかわらず、さほどの資料がないとの認定をするのは、極めて不当であり、現実には多数の資料がある(疎乙九号ないし八八号)。

争いになつている不動産、立木、預金等は、総て抗告人が亡敏三より贈与を受け、ないしは時効取得、あるいは自らの費用で購入したものであつて、真実抗告人の所有物である。

なお、抗告人の所有物であるとの事実に関しては、本訴における抗告人の準備書面で詳しく述べており(疎乙二号ないし四号)、右準備書面を準用する。

2 原決定が支払の対象としている○○銀行○○○支店の預金について、原決定は、尾形敏宏の遺産であるとしているが、右預金は、抗告人尾形道治所有の立木を同人名義で売却し(疎乙八六号)、所得税についても、同人名義で、同人の負担の下に支払つており(疎乙六四号)真実抗告人の所得である。

但し、相続税申告との関係で、高額の贈与税を免れるため、事実を誤認した税理士の指示のもとに、形式的に敏宏のものとして申告し直しているが、抗告人が敏宏の遺産と認めたものでは決してない。

又、いつたん税理士の指示で「尾形敏宏相続人代表尾形道治」の名義で預金していたものも、のちに、その大部分を抗告人の個人名義の定期預金として預け代えている。

3 金銭仮払仮処分の必要性について

原決定によれば「尾形ハルエは高齢で収入なく、同堀内幸、同高田康子も主婦であつて本人には収入は少ない」と金銭仮払仮処分の必要性ありとしている。

しかし、そもそも原決定は、相手方尾形秀司について、何ら必要性についての事実判断をせずに、右秀司に対しても金銭支払の仮処分をだしていることだけをみても、極めてずさんな決定と言わなければならないが、さらに実質的にも、相手方らに原決定主文のごとき資産がないとは到底考えられず、仮処分の必要性は存しない。

すなわち、そもそも金銭の支払を命ずる仮処分は、仮処分の本質に反するとの説も有力であり、仮に仮処分が認められるとしても、それは損害賠償請求権を有する被害者が、即時に賠償を受けられないため困窮の極に達し日々の生計に支障を生ずる場合、あるいは解雇無効を主張する労働者が、生計に困窮するためさしあたり最低生活を維持するため等の限られた場合に認められるのみである。

ところが、申請人秀司は公務員(小学校教師)として高給を得(近々、仮処分額を越える額のボーナスもでる)、亡敏宏から贈与された土地家屋を所有しており(疎乙八九号及び九〇号)、申請人幸および康子も定職ある夫の妻としてゆとりある生活を送つており、日々の生活に困窮している状態とはほど遠いものである。

又、申請人ハルエも右秀司と同居しており、預貯金等も多分に存在するはずであり、生活に困窮する状態とはいえない。

相手方らは、前記大阪地方裁判所堺支部、昭和五九年(ヨ)第九九号仮処分申請事件の疎明資料の報告書(疎乙六号)の中で、いみじくも語つているように、税金支払のお金がないから金銭支払の仮処分を申請しているのではなく「仏壇を買うためや、小遣に使いたいため」に仮処分を申請しているものであつて、審判前の仮処分として金銭支払を認めなければならない必要性は存しない。

四 原決定によれば、第二項で「相手方(抗告人)が、前示訴訟(所有権確認訴訟)で争つているのは、不動産と立木だけである」ことを預金が敏宏の遺産であることの根拠としているが、これも極めて不当である。

抗告人名義で預金しているものを、何故確認訴訟の対象とする必要があるのであろうか。

わざわざ印紙代をかけて裁判をする必要性は、抗告人には存しない。

右を理由に、預金が遺産であると認定しているだけでも、原決定の不当性は明白である。

五 原決定は、一種の断行の仮処分を不当に認容したものであつて、抗告人に与える影響は、極めて不当かつ重大である。

原決定の判断が許されるとすれば、所有権を地方裁判所で争つていても、遺産であると主張しさえすれば、金銭支払が簡単に許されるという不当な結果を招くことになりかねず、到底許されるべきでない。

六 以上により、本件金銭仮払仮処分決定は、その理由がないので、これが取消を求めるため本抗告に及ぶ次第である。

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